エイン・ソフ

十一のうち第 11 階梯

מַלְכוּת

マルフート — 王座が住まうことを学ぶ

マルフートは自らのものを何ももたない——そしてそこにこそ、その尊厳のすべてがある。

中心にある対比

ハヴァー・カドモナーの視座

古典的な方向

  • マルフートは語る。

ハヴァー・カドモナーの方向

  • マルフートは聴き、そして住まう。

古典的な方向マルフートは王権であり言葉である。内なるものが外となり、保たれていたものが語られ、そして一つの世界がついに呼びかけられる階梯。セフィロートの最後であり、被造物が出会う最初のものである。

ハヴァー・カドモナーの方向第二の方向はマルフートを住まいの階梯として読む。受け取る端から読まれた王権は命令ではなく臨在である——国土を治めるだけでなく、そこに住まう君主。ここで שְׁכִינָה が語彙に入る。שָׁכַן、住まうから来る語である。

マルフート

古典的典拠

言葉が古典的な連想であり、それは精確である。言葉とは、人の内にあるものが外にいる誰かに届く能力である。創世記において世界が言葉によって創られるのも同じ理由による。創造とは、内的なものから呼びかけうるものへの運動なのだ。

しかし語るだけの王は、隔たったところにいる王である。この階梯の第二の方向こそ、本書の最後の三分の一が回転する蝶番である。住まうことは治めることとは別の達成であり、そのために備えられた場所を要するからだ。

ここで宇宙論は下降をやめ、論は向きを変える。ここから先のすべては最下位の場所についてである——衰落の果てとしてではなく、目的地として。

マルフートは自らのものを何ももたない——そしてそこにこそ、その尊厳のすべてがある。

エイン・ソフにとっての含意

ハシディズムにおける展開

לֵית לָהּ מִגַּרְמָהּ כְּלוּם ——彼女は自らのものを何ももたない。マルフートは、宇宙論全体の原理を最も完全に示す階梯である。ここで実在するものは、所有によってではなく受け取りによって実在する。

アヴォダー

ハシディズムにおける展開

自ら生み出したものではなく、受け取ったものを語ること。そして臨在が実際に留まりうる場——家、食卓、一つの時間——を設けること。

典拠リト・ラー・ミガルマー・クルームという句はゾーハルにおいて古典的であり、マルフートとシェヒナーについてのハバドの論述の中心にある。