十一のうち第 9 階梯
הוֹד
ホド — 応える歌
受け取りは讃美として返る。
中心にある対比
ハヴァー・カドモナーの視座古典的な方向
- 戦略。
ハヴァー・カドモナーの方向
- 応える歌。
古典的な方向ホドはしばしばネツァハと対にされ、戦略に対する戦術として扱われる。譲ること、時を計ること、強いえないものを認めること。語根は輝きと承認の双方を帯びる。
ハヴァー・カドモナーの方向第二の方向はホドのうちに、受け取った者の応答を聴く。אָמֵן ——ユダヤの発語のうち最も頻繁なもの——は、願いでも、断言でも、自らの業でもない。音となった受け取りである。
ホド
古典的典拠アーメンにいかに少ししか含まれていないかは注目に値する。内容を加えない。論を進めない。ただこう言うだけだ——語られたことを、私は受け取り、私はそれを支持する、と。
枠組みはこれを返りの運動の範例と読む。受け手によって生み出されるものは何もない。すべてが受け手によって応えられる。そして、さもなくば独白であった回路が閉じる。
この読みにおいて讃美は、上に向けられた追従ではない。受け取りが分節を得たときに立てる音である。
אָמֵן
受け取りは讃美として返る。
エイン・ソフにとっての含意
ハシディズムにおける展開オール・ホゼルはここで最もありふれた形をとる。下降した光は別の光として返るのではない。受け取ったものに然りと言う声として返るのである。
アヴォダー
ハシディズムにおける展開応えること。アーメンは、手の届く最小にして完全な返しの行為であり、しかも絶えず手の届くところにある。
典拠アーメンと応えることに置かれる重みは、ハザル全体を通じて古典的である。